議会と市民運動。

私は市議会議員だから、私自身の政治の現場は議会になる。当たり前と言えば当たり前だ。一方で、政治の中にも市民運動なるものがある。もちろん市民が政治に参加すること自体は、理想だとも言える。多くの方が政治に関心を寄せていただかなければ、みなさんの税金の使い方もどのように使われるか?理解してもらわなければならないわけで、そういう意味では市民運動が活発に行われることはマイナスよりはむしろプラスなことで、より多くの方がその活動に参加されることは政治の理想とも言える。
 2月8日の報道で、埼玉県の所沢市で小中学校の教室へのエアコン設置の賛否を問う住民投票が行われるとのニュースが流れていた。設置を求める住民と反対する市長双方の訴えに対した結果がどのようになるか?非常に関心が強くなる。注目したいと考える。

 つくば市の総合運動公園の件も、住民投票の手続きを求める署名活動が始まったとのニュースが流れている。いわゆる総合運動公園を白紙撤回しようとする住民活動が熱を帯びてこのような展開になっているものと考える。また一方で、総合運動公園建設を早期建設するような体育協会やPTA、区会などの団体から早期着工などの要望書なども提出されている。どちらも市民運動が活発している。まさしく政治の一つの理想の展開が行われていて、賛成派も反対派も議論白熱している。私が冒頭にコメントした「多くの住民が政治に参加するようになることはまさに理想だ!」という意味では、大変、喜ばしい政治運動とも言えるだろう。
 しかし、今一度、冷静に考える必要がある。なぜに?!それは、自分は議員だからだ。選挙で選ばれた議員は議会で十分な議論もしている。執行部案に賛成も反対も、喧々諤々、いろいろ議論を戦わせている。もちろん最重要案件もあるが、細かなものまで、委員会やその合間でも議論を戦わせている。実際のその白熱した様子は、市民に公にできないし、実際になかなか伝わらないことがもどかしいのだ。私は議員になって思うことは、手前味噌ではあるが、つくば市の議会は、かなりしっかりとした議論を戦わせていると考えている。真剣な議論を展開しているからこそ、住民投票で物事を決めるというやり方に、実は、かなりの疑問を感じることがあるのだ。ひとつのテーマで政治決着をするのに、いちいち住民投票をしていたのでは、「なんか議員はいらないんじゃないのか??」と考えてしまうのだ!?議員とは?議員の必要性とは?を考えてしまうのだ。
 例えば所沢市と同じような「エアコン設置の賛否」をつくば市でやったとしたら、どうなるか??私の予想では、たぶん、「設置賛成」が勝利すると思う。しかし、だからといって、現実的に、全部エアコンを設置することに、予算配分をおいてしまったら、つくば市の財政バランスの均衡は崩れてしまう。結果的には現実的には急には実現できない話で「設置賛成」が勝利しても、たぶん、議会では、予算運用などの賛否を問えば、議会としての結果は、また違ったものとなるだろう。
 住民投票は、一時の特化した懸案事項を決するもので、極めて大衆世論を扇動する。それを表現したからといって、冷静な判断が結果としてでるものではない。例えばよいかどうか?わからないが?ドイツの独裁者ヒトラーは、民主主義の大衆扇動活動が生み出したものなのだ。なんでもかんでも大衆に問いかけて賛否を決すれば、世の中がうまくいくとしたら、この世から争いごとはなくなっていて、みんな問題無くうまくやっているはずだ。そうはならないわけなのだ。最悪の結果にもなるわけだ。歴史が証明している。
つまり公共の利益になるかどうか?やはりこれは間接的な民主主義。そう、選挙で選ばれた議員が、議会という場で議論を戦わせることによって、しっかりとしたその問題が磨かれて収斂されて、結果として、公共の利益が生み出されることになるわけだ。この辺を間違えてはならないと思う。
 つくば市の運動公園の問題も、私が懸念していることがひとつある。それは賛成派も反対派も、議論の方向性が市民運動に展開していくことはもちろん結構なことではあるのだが?熱を帯びて、大衆扇動型になっては、冷静な議論にならないと感じるわけである。執行部をはじめとする賛成派も「市民の多くの要望が寄せられている」と主張する。反対派も「そんなものは必要ないと市民の多くの意見が寄せられている」を主張している。少し危険な議論の展開を感じるのだ。どちらも市民活動や市民運動自体を盾にして議論をしようとしているように感じるわけだ。
 私は議員だから議会でもっとしっかりとした議論をしているということを重視していきたいと思う。それだけ議員と議会というものは、大変重要な役割だと思うのである。引き続き住民に対しては、議会で議論されている様子をしっかりと伝えること。その努力を怠らないように努めたいと考える。

ちょっとくどいコメントになってしまったが悪しからず。

PS:補足。
 最後は、住民の審判は、選挙で議員や首長を選択するしかない。ダメな議員は落す。よければ応援して当選させる。これにつきる。市長も議員も同じだ。
無題

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