9月議会 スタート。

9月定例会。朝の挨拶運動を終えて、9月議会開会そして特別委員会と行いました。恒例の全議員による記念撮影を行いました。今期で引退をする議員さんも、再挑戦する議員もいます。感慨深いシーンでもあります。


上ノ室交差点

おはようございます。朝の挨拶運動。五くみの看板が準備不足の感がありますが。今日も暑さに負けずにガンバロー

差し入れいただきありがとうございました。感謝です。


わかってきたこと。コロナについて

コロナウイルスのわかってきたこと。
インフルエンザウイルスとコロナウイルスとは相互に「干渉」し合う逆相関関係にあり、世界各国で精密にモニターされているインフルエンザの流行曲線の変化から、コロナウイルスの感染状況を正確に把握できる。

変異を繰り返す新型コロナには少なくとも、S型、K型といった弱毒性の先祖型と、G型(武漢型、欧米型)がある。
・S型は昨年12月に日本に上陸、欧米に広がった。

その後、1月13日にK型が日本に上陸、中国近隣諸国にも広がった。3月8日まで中国からの入国を続けた日本ではK型の感染が広がり、これに対する集団免疫が出来上った。

2月初めに中国からの渡航を全面禁止した欧米では、K型は広がらなかった。
・K型は「T細胞免疫」を強化し、サイトカインでG型を撃退する。日本では、これが、武漢G型、欧米G型を迎え撃ち、さらにG型について集団免疫が達成された。

しかし、S型だけでは、ADE(抗体依存性感染増強)を引き起こす。K型があまり入らなかった欧米では、G型によってADEが起こり、重症化した。

日本では緊急事態宣言も、その後の活動自粛も不要だった。
・集団免疫にある日本ではPCR検査で陽性であっても、初感染時のような症状が顕著な「感染」ではなく、単なる「暴露」(体内にウイルスが入っているだけ)に近い。現段階では、陽性でもほぼ100%近く重症化しない。

重症者が再び拡大していると報道されていますが、これも何かカラクリがある。

6月18日より、ほかの要因で重症化したり、死亡した場合も、PCR陽性であれば、コロナで重症、コロナで死亡とすることにしています。厚労省から都道府県にお達しがありました。また、欧米では、交通事故で亡くなった人でもPCR陽性ならば、コロナで死亡したことにするところまで行っています。

6/18のお達し。厳密な死因は問わない。今は入院させたときにPCR検査することがあり、陽性で他の病気で重症化したりなくなったときも新型コロナが原因でとされることになっている。統計の取り方だけで増えている面がある。英国では交通事故で亡くなった人も陽性なら新型コロナで亡くなったとされていたが、英国政府は、さすがにそれではいけないとなった。
集団検査してから感染者が増えている。陽性が出て、そこで何か重症のことがあると、カウントされてしまう。本当の症状があってから調べているのではない。1月2月に感染して免疫をもっている。誰かが唾の中にウイルス。二回目の感染。感染ということではなく、曝露。感染が成立しないような感染。本当に感染が成立していない感染、それが陽性に出ている。
テレビで「感染者数」と言っているが、「暴露」という言葉が近い。

安倍総理は、「陽性者」と述べているのは良いこと。


議論をする政治家は、議論を放棄すべきでない。

昨日から、新盆回りを少し。今日もこれから。

新盆で伺う当家に気を使って、お線香をあげて、すぐ帰る雰囲気が数件あった。「コロナだからね。」の言葉も早く退座する言葉としては使いやすい。

夜の地元の家で、少し長話を・・。やはりコロナの話。やはり65~70歳以上の方は、健康な方でも、不安があるようですね。

私の考えを少々。

最近では、コロナウイルスの概要が少しづつわかってきた。毎日、マスコミ報道で流れる感染者数を聴くと、

  • 感染率は高い。
  • しかしながら自覚症状もない人もいる。
  • 若い人は感染しても重症化にはならない人が多い。
  • コロナによる死亡者数も確実に減っている。
  • コロナが変異があり、K型、C型、武漢G型、欧州G型などがある。
  • ウイルス干渉がある。コロナにかかっていると、インフルエンザにはかからない。その逆もある。つまりコロナの感染が増えているが、インフルエンザは干渉の影響により、減少している。
  • ウイルス干渉は、他の感染症の病気にも言えること。
  • 持病を持たれる方は、発症すると合併症になり、危険度が高くなる。
  • しかし、これは他の感染症もおなじではないか?

政治的医療制度的の情報。

  • PCR検査を増やしたからといって、別に、コロナによる対策になっていない。
  • 韓国やドイツの対応を見習えという専門家がいたが、別に、死者数などは、日本の方が極端に少ない。
  • 他にも書かないが、少なくともコロナウイルス自体は無くならない。

これらのすこしづつわかってきた情報をもとに、今後、どのように社会生活を考えていくべきだろうか?議論が必要だ。

私どもが、議員の立場で、コロナは「ただの風邪」というものなら、そんな「無責任なことを言うな」みたいなムードが社会に雰囲気で漂っていることは事実だ。

先日も、健康診断に行った時に、お医者さんに聞いてみたら、「医者の話を信じない雰囲気がある」。また「政治に利用されている」との意見もあった。

政治家は議論をすることが仕事ともいえる。コロナの話に例えれば、ゼロリスク論を論じるのは、簡単だ。わかりやすく言えば議論を放棄していることにもなるわけだ。

コロナだから社会活動を辞める。会社もでない。会合もやらない。祭りも。旅行も。なんでもゼロ。簡単だ。

しかしながら、そんな簡単な答えを政治家が出すべきではないし、出したとしても、まず議論をしなければならない。0~100の間のやれるべきことは何なのか?を議論せずに、小池知事のように、簡単に「ゼロリスク」答えを出すのは、ある面、無責任なのではないだろうか?

議論の専門家であれば、ウイルス対策をしながらも、経済活動は続けることを模索する議論をするべきだ。

だから、私もそんな考えを持っている。議論は放棄しない。

確かに、自粛要請に応えている国民に対して、経済的な補償はすることは、当たり前だ。

まだまだ経済的補償は足りない。国も地方もおカネがあれば、どんどん補償するべきだ。

一方で、政治の議論として、0~100の中間で、今後の経済活動を衰退させない持続させるための政策は、追及するべき。そして「万機公論に決して」、国民に明確なメッセージを送るべきだ。

実際は、旅行も会社も会合も祭りも、もうそろそろ自己責任でやったらどうだろうか?そこに国民が踏み込まれないのは、政治が明確な決断をしないからだ。

批判があるのは、ゼロリスクをベースにする考え方の勢力だろう。そしてそれをまた政権批判として政治利用する輩からだろう。

議論の専門家として、政治家をしている以上、議論を放棄すること自体が間違っている。冷静な情報と的確な分析によって、有効的なコロナ対策、経済対策を政府、与党も立てて、そろそろ決断してほしい。

お盆明けが明けたら、もういいのではないでしょうか?

そうすれば解散したっていいじゃないか?

安倍総理。如何に?


桜地区の大問題(都市計画道路:妻木金田線)

さて、今日は、つくば市の旧さくら村地区:いわゆる桜地区の大問題を解説しておきたい。

まず、地図をご覧いただきたい。

上の写真は、私が作成したものだが、 つくば市役所のイーアスから、北大通を経由して、中金まで、一直線に道路が供用される計画ですが、妻木交差点から中金まで(黄色の表示部分)のつくば市の都市計画決定されている道路が、何も手付かずの状態だ。

昨年の一般質問でも、「桜地区のストレス」として、私が取り上げた問題だ。

どうしてもこの道路が将来的にも供用できないと中金の開発も失敗に終わる。ましてや20数年前に都市計画決定されている道路を何も事業執行すらしない行政の責任も大きいと感じるわけです。

今回の選挙でも、この道路の早期着工、早期実現に向けてを私の最大公約としたいと強く思っています。

県道土浦学園線側の施工については、まず、つくば市の施工が先行しないことには、茨城県は着工の手続きに入れないとの態度だからです。

このままでは、桜地区の都市計画が塩漬けのままです。ZOZOの工場も建設中で、交通渋滞や通学路の危険個所が多く発生しています。

この案件は、何としても成し遂げたい。今回の桜地区に対しての私からの強いメッセージを発信していきたいと思います。

関連の写真を掲載します。


立候補者の心理

今日は散策、やすみです。

立候補者の心理状態を少し話します。

散策をしていると、いろいろなことを考える。もちろん「頑張れ」と応援してくれる人もいるが、まったく無視もある。

それに一喜一憂している。

私が配布している活動報告を「いつも読んでいる」と言われ、勝手に(この人は自分のことを支持してくれる人)と思って、他にも色々話してみると、最後は「ごめんなあ。実は、〇〇議員の親戚なんだよ。だから票は無理なんだよ」とのこと。

飛んだぬか喜び。まあ、こんな事は良くある。

他には、会って見ると何も反応もなく、どちらかと言うと無愛想なAさんという方がいた。機嫌悪そうだと、『この人はダメだなあ』と勝手に思っていたら、後で後援会の入会のハガキを書いて郵送してくれていたりする。

人は見かけで判断してはいけません。影で応援してくれる人もいるわけだから。

また「〇〇さんから、五頭さんを応援してやってくれと言われたよ」と、とある場所で言われる。しかしその〇〇さんがわからない時がある。別の場所に行っても、また「〇〇さんから、五頭さんを応援してやってくれと言われたよ」と。えー?誰だあ?その〇〇さん?
私が知らないどこの誰かわからないない人が、私のことを応援して実際に声を掛けてくれているらしいのだ。

何てこともある。

逆にたぶん真逆のケースもあるんだろうなあ⁈とも思う。(私に批判的な話をするケースだね。)。

そんなことを感じながら、また一喜一憂している。

今回のコロナ対策として、人とのディスタンスを確保するために、会ってもあまり近づかないことにしている。

通常の選挙ではあり得ない。普通は握手も積極的にするし、会話もよく聞き、自分の考えなども市民の方には積極的に話をするのだが、コロナの影響が大きいので、資料をポスティングすることがほとんど。ただ出馬予定者とすれば、これだけで支持が広がるのだろうか?とても不安になる。効果があるのだろうかと思いながら、資料配布を続けている。

コロナ大過は選挙にかなりの影響を及ぼすだろう。だから、SNSを活用することになるのだが・・・。

しかしながらSNSに頼りすぎる選挙も、これまた如何なものだろうか?私は懐疑的だ。SNSがこれだけ普及しているから、リアルに活用することは当たり前だが、逆に印象操作もできるだろう?いわゆるオツクリだ。SNSでオツクリばかり躍起になっている政治家も多いではないか?そんな政治家にはなりたくない。自戒を込めて。

やはり政治活動の原点は有権者と直に会って話を聞く、会話をすることだと考えるから。基本を崩してはいけないと考えるが、その基本がなかなかできないのが現状だ。

とても不安になるわけだ。

今は、コロナ大過の中、つくば市の市政の話ももちろんだが、コロナに対する政治に関する話題が多い。特に国政レベルの話は多い。それだけ政治に国政に不満を感じている人が多いのだろう。

特に今後の経済活動に対しての意見が多くある。このままコロナによる自粛要請ばかりを政治が続けていたら、日本経済が保つのか?マスコミに対する報道姿勢にも批判は多い。強く感じる。

お盆が終わったら、そろそろ元の生活スタイルに戻り始めても良いように感じている。コロナは日本人は免疫力がある。これだけ感染者数を毎日発表して、いつまで続けるのだろうか?

お盆を迎え、祖先に感謝をして、そろそろ気持ちを切り替える時期だと思います。切り替えるきっかけを政治家がなんらか指針を出してあげなければいけないと思っています。


民主主義の責任

もうすく終戦の日ですね。散策をしていると新盆の準備の家が多く見かけます。8月15日はいつも終戦の日。反戦の誓いが行われて、いつものように日本が戦争に突入していった様子をTVで流れる。今年もそんなTV番組が放送されるのだろう?!?!

この機会に、月刊「WILL」の9月号に、掲載された橋本琴絵さんの文節の内容を抜粋して、ご紹介したい。最近は、彼女の論文をよく読むようになった。

以下にわかりやすく解説してみた。また、私の感想も交じりながら、コメントをカキコしてみた。是非、ご参照ください。

私も議員だから、議会制民主主義の立場にたって、いろいろ考えてみた。これは一つの見方です。

第21回衆議院議員総選挙をご存じだろうか?1942年(昭和17年)4月30日に日本で行われた帝国議会(衆議院)議員の総選挙である。大東亜戦争下で行われた唯一の国政選挙であり、一般に翼賛選挙(よくさんせんきょ)の名称で呼ばれる。

次の図の選挙結果を見てほしい。

定数が466に対して、翼賛政治体制の推薦者が381議席を確保した。当時の戦況が、日本軍優勢で進んでいた事も追い風となったこともあり、投票率は、全国平均83.1%という高投票率に支えられて、協議会推薦の候補者は461人中381人が当選し、全議席の81.8%を獲得。その一方で、非推薦の候補者も85人が当選。

この選挙結果をどのように見るだろうか
簡単に言えば、戦争継続賛成が381。戦争反対が85。という結果だった。

戦争に突入していた時期に行われた解散だけに、戦争に対する「追認」という意味合いが強い選挙ということが言えると思う。この結果を受けて、戦争に関する予算案も追認されて、日本は、戦争にのめり込んでいくことになったことは、すでに国民は周知のことだ。

戦後に8月15日になると必ず言われるのが戦争に対する天皇の責任論や軍部の暴走などが、言われる。現在の平和主義者が再び同じような過ちを起こさないために、天皇に対する批判や天皇制に対する存在自体を否定する論調などを繰り返してきたわけだ。また当時の軍部に対する批判も繰り返されてきた。

ここで、ひとつ注意したいと思うことは、翼賛選挙で戦争関連予算を国会で認めたのは翼賛選挙の結果を受けた民主主義の結果だ。ミサイルや戦闘機攻撃なども、予算が成立したから、攻撃が行われたわけで、当時、381人の政治家が戦争を支持して、予算を圧倒的多数で可決、通過させたのだ。その結果をどのように反省するべきなのだろうか?

敗戦後の日本は、戦後70数年間、戦争を決断した責任は、天皇や軍部にある。「天皇と軍部が悪いのだ」と批判し始めました。

しかしながら、当時は、帝国軍人や天皇には選挙権はありませんでした。議会生民主主義という観点から今一度、考察すると、本来の責任を問うならば、戦争に賛成した政治家に責任があるともいえるでしょう。また選挙で選んだ国民も・・・。

8月6日に広島で。8月9日に長崎で、日本はアメリカに原子爆弾を投下されて甚大な命が奪われました。歴史の悲劇だと言えます。

広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。毎年、行われ、その平和の誓いが毎年、宣言されています。そして、必ず話題になるのが、天皇による戦争責任、軍部による責任などの議論がされます。しかしながら、議会制民主主義の歴史を今一度、振り返ると、広島県や長崎県にも、その当時の翼賛選挙で、戦争に賛成した政治家を選挙で送り出していたことを、歴史の反省、民主主義の反省材料として、議論してきたことがあったでしょうか?

現実的な戦争に対する議論をするならば、そのような観点から、議会制民主主義の歴史を振り返り、なぜ戦争に突入していったのか?冷静な歴史的な考察をするべきではないでしょうか?

このような見方で、日本の民主主義を考察して、その反省を議論する必要があるのではないでしょうか?逆に、戦後の日本はこの点を怠ってきたともいえるのではないでしょうか?

ちなみに、安倍晋三のお爺さんの岸 信介は、翼賛選挙では、戦争賛成派で当選しています。山口県からの出馬です。安倍晋三さんのお爺さんで、もう一人、安倍 寛というお爺さんがいます。安倍晋三さんの父親、安倍晋太郎さんの父親です。この安倍 寛さんは、戦争反対の立場で、山口県2区から当選しています。

他にも、三木武吉(香川県選出)なども戦争反対の立場から当選しています。このように翼賛選挙の結果を振り返って、その後の敗戦そして保守合同などへの戦後の政治史を見てみることが興味深いかもしれません。新たな気づきもあるかもしれません。


~以上が橋本琴絵さんの主な内容について~
全く持って同感です。

PS ここからは、余談です。
さて、広島や長崎の平和記念式典の話で、こんなのもあります。表向きの平和式典の裏側では、原爆ドーム周辺などでは、例年行われている大音量拡声器デモが行われている。「戦争反対」、「安倍辞めろ」、「改憲阻止」などの巨大プラカードを掲げて、拡声器で奇声を発しているわけだ。いわゆる左翼のデモ活動が行われる。

ここ近年は、このデモに対して、広島市民による自粛要求の活動が見られるらしい。デモが始まると、首にプラカードをぶら下げた広島市民が、沿道に並び始める。プラカードに何が書いてあるのか見てみると「慰霊の日になぜ騒ぐ?」「今日は慰霊の日 どうぞ静かにお願いします」(広島市民)などと書いてあるそうだ、

確かにもっともな話だ。戦争の惨禍で散っていった英霊たちを心静かに、祈ることを、平和主義者たちは、デモ行進で、騒ぐわけだ。誠に節操がない。この人々たちの本当に首を傾げる行動。いつもながらに、不可解だ。

橋本琴絵さんのSNSに、面白い表現が書いてあった。是非、抜粋してご紹介したい。
~以下 参照ください。~
線路に置き石されて電車が脱線横転して数百人が死傷した。

Aさん「石に怒りを覚える。石の無い世界を目指す」
Bさん「置き石した犯人に怒りを覚える。犯人の責任を追及する」

正常な精神の持ち主はどちら?

原爆投下の問題に置き換えて考えてみてくださいね。