捕捉に

捕捉に。

なお、共産党さんや市民ネットさんから、地下水利用についての活用について、意見が出されている。地下水の活用をすれば、もっと料金を上げなくても済むような意見が出されているが、私はとてもこれについては、承服できない。あまりにも非現実的な話だ。一点だけ確認しておきたいが、今回の料金改定はあくまでも現状の水道事業の改善のための値上げおよび料金改定なのだ。
 地下水の採取や活用をすれば、料金の値上げはしなくても大丈夫だとの意見は、全く関係ない話なのだ。よく市民の方に言われることがあるので、その辺は、間違った認識だと私は考えている。地下水の利用については、災害時やまたつくば市の周辺地域で、現存として活用されてる簡易水道などが対象とされるが、地下水については、極めて安心安全な水を確保するためには、不確実なのだ。先の大地震などで、地下水の色や飲料水としての安全性が崩れている井戸などもある。簡易水道なども、今、現在は、簡易水道の料金は、つくば市の水道料金よりも安価で運営されているところもあるが、老朽化対策を考えると今後、簡易水道組合の組合員が改修整備などの状況に迫った時に、どれだけの負担になるのか?これは、把握できないし、対応策と言っても限度があるわけだ。総合的に判断しても、今の本管整備を基本に、粛々と確実に、進めていくべきだと考えている。

安心安全を確保するためには、魔法の杖はないのだ。つくば市民の方にも是非、水道事業に対するご理解をいただきたいと考えております。

また、議員としても正確な経営状況の説明に、努めていきたいと考えております。

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9月議会の論点

9月の定例会が間もなくお盆明けに始まろうとしている。なんといっても9月議会で注目されるのが、水道料金の改定案が提出されることだ。

現在のつくば市の水道料金をなぜ改定しなければならないのか?簡単におさらいをしておきたい。
1.まず赤字経営の体質改善。つくば市は2度の合併に伴い、水道事業会計も大きく影響されてきた。しかしながら、約30年以上の間、料金改定を行わなかった結果、給水原価(費用)に対して、供給単価(収益)が高くなっており、「逆ザヤ」現象が長く続いてしまっており、赤字経営が継続している状態にあります。

2.わかりやすくいえば、茨城県より210円ほどの単価で、仕入れて、市民の方には、170円ほどで売っているわけです。これでは、いつまでたっても経営改善がなされるはずもありません。

3.また一時ピーク時には74億円ほどあったいわゆる積立金も平成28年度は7億円。平成29年度末見込みでは、3億7,000万円になる見込み。来年度予算編成にも支障がきたすようなひっ迫した状態になりつつあります。

4.さて、つくば市の水道料金については、他の近隣自治体との比較の表も参照にしていただきたい。
生活ガイドドットコムよりの比較表だ。
http://www.seikatsu-guide.com/area/compare_cities/?cid_1=443&cid_2=458&tub=3

これを見ると如何につくば市の水道料金が安いかわかる。もちろん、安いから値上げをするわけではない。あくまでも経営状況の改善をはかるために料金改定をするべきである。言わずもがなだ。

5.つくば市は、前市原健一市長の在任中に、これを踏まえてつくば市水道事業審議会を開催。2年間で合計9回に及び水道料金についての答申案を協議した。

6.昨年の11月に市長選挙が行われて、新しく就任した五十嵐市長は、今までの経緯を踏まえて、今回の9月議会で、料金改定案を提出することになったわけだ。先日の8月8日に、議会で全員協議会において、その概要説明会が行われた。

7.次の表を見ていただきたい。水道審議会の答申案と、今回、五十嵐市長が提出するであろう改定案の比較する表を私なりに作成してみた。

実は、私は、今年の3月議会において、自分の一般質問で水道料金について質問をしている。当時は、議員の中からもなかなか明確に「値上げをするべきだ」との意見が出されていなかったので、あえて一般質問で、私のほうから、執行部に対して、「値上げは止む無し」との質問をした。さらに、2年間9回に及ぶ答申案を議会に提出するべきではないのか?との立場で、質問をした経緯がある。

今回の五十嵐市長による、案については、答申案と比較した方が市民にとってわかりやすいのではないだろうか?

まず、全体の改定率を38%(答申案)から、21%に下げている。なるべく市民に対して負担を少なくし配慮したことが伺える。しかしながら、その分、企業債の充当率が30%(答申案)から、90%に増えている。これは、いわゆる借金を増やして財源を確保した形になっていると言えよう。これからの水道加入者に対して負担が増える形と言えよう。
これにより、答申案では内部留保金は平成30年度には、10億円を確保できるはずだったのだが、市長の案では、平成34年度にずれ込むことになる。この辺も不安定要素なのかな??とも思えるところもある。

他の特徴は、福祉減免制度(弱者対策)は継続。当たり前ともいえる。

一般会計からの繰り入れは、今までは、4億円ほど。これも継続。しかしその目的は赤字補てんという性質ではなく、逆に、未整備地区の促進などの工事整備に充てられる。これは答申案と同等の内容になる。

最後に、まだまだつくば市には水道の未整備地区が多くある。10年間で190億円を投入して、整備計画を促進させることができる。どちらにしても財源の確保なしでは、整備はできない。市民の皆様には、負担を強いることは声を大にして言いたくはないが、値上げは逆に市民サービスの向上や安全安心な水道事業の経営には必要なことである。ぜひ、ご理解をいただきたい。

簡単に概略は説明してみたが、9月議会では、この答申案と市長案の比較をしながらの議論が闊達にされるのではないかと予想している。議会運営委員長としても、各会派各議員の意見を冷静に見極めながら、ぜひ、まとめていきたいと考えている。

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突然の訪問者

今日は、夕方に我が家に突然の訪問者。
5年前の市議会議員選挙の時から応援している方(Oさん)。いろいろ話を聞いてみると、2年前まで我が家に遊びに来ていた土浦市のAさんのお友達らしい。
今回は、知事選挙についていろいろ聞きたいことがあったらしい。「いつも留守にしているが、五頭さんが、定期的に配布している活動はいつも欠かさず読んでいる。これからも頑張ってくれよ。今回は、五頭さんが応援する知事候補に入れっからよ」。
温かい激励の言葉に感謝だ。うれしい限りだ。
しかしながら、土浦のAさんが、1年半前ほど亡くなったこと。我が家のメンバーは知らなかった。残念至極だ。
漆の飲み口にビールを注いで、うれしさと悲しさが混ざりながら飲んでいます。

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人間の誕生 と 男女の話

人間の誕生の話。

昨夜、久しぶりに、「人間の誕生」の本を読んだ。その中に、キリスト教の「人間の誕生」と、日本の古事記や日本書紀に書かれているいわゆる大和神話に描かれている「人間の誕生」とには、ちょっと違いがあることが明記されていた。
面白かったのでご紹介したくアップします。

1. キリスト教では、最初にアダム(男)が誕生している。しかしながら、アダムがとても寂しそうな様子だったので、アダムの鋤骨(肋骨あたりのことなのかな?)からイブ(女)を誕生させている。つまり、男を慰めるための存在として、女性を作ったと解釈できるそうだ。結構、現代の女性が聞いたら失礼な話だなあとの印象だ。

楽園追放という旧約聖書の話の中では、アダムとイブは、エデンの園という、仕事もしなくてもいいし、食べ物はあるし、いわゆる楽園に二人は住んでいました。そこには、神が食べてはいけないと決めた実(林檎)がありました。その林檎が『善悪の知識の木の実』と言われる実です。イブは、蛇に唆されて(そそのかされて)その禁断の実を食べてしまいます。そしてイブは、アダムにも知恵を与えたいと考えて、林檎を食べるように勧めてしまいます。結果、アダムも林檎を食べてしまいます。しかしながら、これによってアダムとイブは、神の怒りを買い、エデンの園を追放されます。また神の罰として恥ずかしいという気持ち持たされます。それから衣服をまとい、働くことで食べ物が手に入るという「労働」を与えられるようになりました。
 つまりアダム(男)にとって不可欠な伴侶としての作られたはずのイブ(女)が人間を堕落させる原因を作ったという解釈ができるそうです。

上記のような考え方で、男女の存在を考えたことはありませんでしたので、大変、興味深かったわけです。

2. さて、一方の古事記に書かれている「人間の誕生」を比較してみるとこれまた興味深い考え方があります。古事記では、独神(ひとりがみ)が、イザナギ(男)とイザナミ(女)を作りました。つまり古事記では男神と女神がほぼ同時に一緒に作られています。そして、男神の特徴である尖ったものと女神の特徴である凹んでいる形をともに補い合い、認め合って、協力し合って、多くの神や島を作りました。古事記に書かれている人間の誕生は、男女ともに至って平等で、しかも、ともに協力し合うという考え方が強く現れていることになります。古事記の序盤で書かれている「国生みの話」を参照にされると理解できます。

現代社会の考え方では、よく西洋文化の方が、男女平等が進んでいるとか?日本の方が封建的だとか男尊女卑だとかいう意見が交わされることが多くありますが、この人間の誕生の話を「キリスト教」と「古事記」とで比較すると、逆に、日本の方が男女平等に対する考え方が基本となっているというわけです。逆に、アダムとイブの話では、男性のためにイブが与えられて、人間としての堕落を導くのは女性だという解釈に思わぬ気づきと発見を感じました。女性の方が酷い扱いなのかな??と・・。とても面白いなあと・・・。

まだ続きがある。古事記の教えの中では、但し書きがあるそうだ。ただし「主導権は男が取らなければダメだそうだ」。国生みの話の中には、イザナキから声をかけたら、蛭子(ひるこ)というまともな形を成さない島ができてしまう。どういうわけか?と神様に聞くと、イザナギ(男)の方から先に声掛けをすれば上手くいくはずだという。

古事記の考え方には、男女の優劣ではなくて、男女の機能の違いを指摘し、補い合うことを描いているそうだ。私は、現代社会の人々は、たぶんおおかた間違った解釈をしている人が多いのではないかと考える。

日本の場合は、一時は武家社会が成立していたから、戦をするのが男が命を懸けていたので、男性が優位になった時代もあったことは事実だが、基本的には、日本の男女の違いの考え方は、極めて平等で、このキリスト教と古事記の「人間の誕生」のエピソードを比較して考察しても面白い解釈の結果になったと思った。

また長文になってしまったので、ご批判もあるでしょうが・・・。新盆の準備の最中にいろいろ感じたこと素直にアップしました。

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親父に

新盆が近づいている。6月24日に私の父が逝って早いものでもうすぐ49日を迎える。

父が逝ったということで、しばらくは比較的に静かな日々を過ごしていました。普段だったら、積極的に顔出しをしていたが、自粛して控えめにしていました。巷では、今日から茨城県知事選挙が始まり、熱を帯びているようだ。つくば市議会も9月定例会をひかえている。衆議院の解散も予断を許さない時期を向かえつつある。

普段の生活にようやく戻りつつあるが、父を亡くしてひとつ変化したことがある。議員としてもしくは男として、もしくは父親として、日々の生活の中の判断や行動をする時に、必ず亡くなった父親の心情を察するようになった。比較するようになった。

私も49になり、父親だったらどうしたろう?とか、親父が生きた同じような境遇を推察して、「たぶん、親父もこんな想いだったのだろうな?」とか、今の自分の心境と親父の心境を勝手に仮定して比較するようになった。回想するようになった。

今までとは、また異質な男の心情を強く感じる。

結構、親父は我が心の迷いや本当の気持ちを、包み隠さず、表現していたようにも思われる。親父の昔を思い出すと、中には、見栄を張っていただろうシーンもあったし?恥も外聞もなく本音を表現していただろうシーンもあったように思うのだ。親父はそれを子供の私に、ありのままの自分の姿を見せていたようにも思うのだ。

親父の人生は、とても苦労が絶えない、むしろ苦労だらけの人生だと思っていた。しかし、それは子供の私が勝手に推察して評価しているだけで、親父自身はそれほど苦労として感じていなかったのかな?などと感じるようにもなった。

子供だった私にも、ありのままの人間の姿を見せてくれたようにも思える。そう感じる。まあ、あくまでも私の予想ではあるが・・・。

とまあ、親父が逝ってから、上記のような心情を繰り返し繰り返し感じるようになったことは事実だ。道徳心でいえば、私が子として親を想う気持ちなどは、確かに尊い事で、道徳的にいえばとても大切なことだが、その大きさはとても小さい。親父が私達、子を想っていた大きさにはとてもかなわない。

吉田松陰の辞世の句が頭をよぎる。「親思う心に勝る親心 今日のおとずれ 何と聞くらん」。

生きているときは、会話するのが嫌だったけど、今は、もう少し生きている間に会話しときゃよかったと反省しきりだ。( ´ ▽ ` )

明日は49日。でも今日あたりからからまた積極的な日々に復活しようと思う。
「何やってんだ」と親父が言っているようだ。

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期待したい

内閣改造が決まりつつある。地元の梶山弘志代議士も入閣らしい。なぜこんなにまで入閣できなかったのか?と思うくらいだが、茨城にとっては嬉しいことだ。素直に喜びたい。

野党が安倍内閣を倒すことを考えるのは一定の理解はするが、マスコミの安倍叩きは異常だ。本当に安倍内閣が倒れたらどのようなことになるか?事実を報道しないマスコミは猛省してもらいたいが・・・。そして国内問題ばかりを報道するが、外交や国際問題を含めると、もっと大切な事実を優先して報道してもらいたい。

今や日本の大問題は、外交だ。

日本が戦っている相手は、北朝鮮、中国、韓国などの国際社会の法を守らない不法国家との戦いなのだ。国際社会の中でも日本ほど法律を守ることを大切にしている国家はない。日本と不法国家の戦いが逼迫した状況にあることをマスコミが報道しないわけだから、悲しいものだ。

北朝鮮はミサイルの打ち放題で言わずもがな。中国は南シナ海に勝手に設定した境界線「九段線」、これも国連海洋法条約違反と裁定されているにも関わらず、法の支配を無視して、力の支配で強行に、海洋侵犯や人工島の滑走路整備を進めている。まさに法よりも力なのだ。

無法者を日本は相手にしているわけで、この現実的な対応のためには、どうしても日本国憲法を改正して国家の安全保障のあり方を変えていかなければならない。安倍内閣はそれを実行しようとしているわけだ。

安倍総理の祖父の岸信介が日米安保改定のときに、朝日新聞は厳しく非難した。岸首相の支持率も10%代に落ち込んだそうで、不支持率は58%だったそうだ。安保改定は成し遂げたが、岸首相は退陣をして倒れた。朝日新聞はさぞ満足だったろうと思う。しかしながら、戦後最も優れた政治家は誰かと問われると、多くの人が岸信介さんを挙げる。

マスコミのために国民が間違った選択をしては大変なことになる。その意味でも改造内閣には頑張ってもらいたいし、地元の郷里の梶山弘志代議士にも期待したいと思います。

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やはり私は、安倍首相を支持する

「2番じゃダメなんですか?」。民進党の蓮舫さんと言えば、この言葉が印象的です。政権を奪った当時の民主党が行なった事業仕分けの時のコメントだ。私はこの言葉が、日本をダメにしている象徴的な言葉だと思っている。

子供の徒競走でも「頑張れ!1番を目指せ」、「無理かもしれないが、ベストを尽くせ」が応援の言葉の常套句で声を掛けなければならない。「2番でいいよ。」では、応援にはならない。2番でもいいよを容認する政治家を絶賛して当選させたことを東京都の有権者は今一度、猛省して考えていただきたいと思います。

民進党の野田幹事長が東京都議選の責任を取って辞任したそうで、まさに、2番目の方に責任を取っていただいたのだろう。ご自分は二重国籍問題で、それどころではないようです。

ノミは、高さ5〜6mもの高さを飛ぶことができるらしい。ノミの身体の大きさは数ミリ単位だから、その潜在能力は驚異といえる。ところがノミを小さな箱の中に入れるて長い時間、箱の中に滞在させるとノミはその箱の高さまでしか飛ぶことができなくなるらしい。実証実験でも明らからしい。ノミは、箱の高さを身体で覚えてしまい、箱を外しても、箱の高さまでしか飛ばなくなってしまうらしい。

蓮舫が政治家でいることは、日本に明るい前向きな姿勢を見せることはできない。ある一定の箱の中の考えを国民にみせるだけで、夢や希望を与えることはできない。政治家の資質は、リーダーとして指導者として国民にこれからの進むべき国のあり方を表すことなのに、困難と言われるような、重いパンドラの箱を開けるリーダーとしての資質は蓮舫さんには無い。

安倍首相は加計問題(私は問題とは思ってないが)で随分と、野党とマスコミと前川元事務次官より、攻撃を受けているが、苦しいところだろうと拝察する。有りもしない問題を大問題と騒がれて、しかしながら、丁寧に対応している。

安倍首相が推し進めていることは、まさに岩盤規制を突破するために、粛々として取り組んでいるだけで、そこに個人の思惑を示唆しているわけではない。ノミが箱の中にいたが、その箱を外して、もともとあるべきノミの潜在能力を発揮させる環境づくりを行なっているだけなのだ。文科省の中にも自らなかなかパンドラの箱を外せないのだ。だから、首相が民主主義のあるべき作用として、政治で行政の方向性を思い切って決断しただけの話だ。

もちろんいろいろ批判されることもあるだろうが、またその政治結果は、選挙にて評価される。前川さんは安倍首相と対等に闘っているようだが、彼は、選挙で選ばれた人間ではないことを今、一度考えてみていただきたい。行政が歪められたという基準が彼の私感であって、TVでやりとりを見ていると文科省の中の人間の言い合いのネタのように感じるのは私だけだろうか?

私は、日本や日本人の潜在能力をこれからも信じたいし、それを発揮するためにリーダーたるべき政治家の仕事があると思う。

国民の1人としても、2番でいいわけがない。力の限り、一番を目指して頑張りたいと思う。大衆に扇動されずに、冷静に考えて、やはり私は、安倍首相を支持していきたい。

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行政視察 3日目。福岡県大野城市

行政視察 3日目。福岡県大野城市の窓口改善 〜ワンステップ化による総合窓口。
「まどかフロア」について〜

大野城市は、人口 100,186人。
面積 26.89平方メートル。
一般会計 350億円。特別会計 180億円。

井本市長の選挙公約にて、窓口サービスの改革を掲げる。顧客指向への転換。市民満足度の向上(平成17年9月 初当選。)市長のトップダウンで始まる

「まどかフロア」では、これまでいくつもの窓口を移動しなければできなかった手続きのほとんどを一つの窓口で終わらせる、ワンストップサービスを実現した総合窓口となります。

平日に市役所に来られない人には「週末窓口サービス」を、問い合わせや資料請求などを電話やインターネットで済ませたい人には、毎日午前8時から午後9時まで、年間休みなしの「コールセンター」を開設しました。そして、市役所に来た人たちには、これまで以上に「わかりやすく・使いやすく・心地よく・手続きが早く終わる」総合窓口「まどかフロア」の開設により、日本一利便性の高い窓口サービスの提供を目指します。

「まどかフロア」では、

お客様の案内・誘導
申請・届出書類の配布および記載指導
書類の受付
システム(コンピュータ)入力業務
などを専門の民間企業に委託することで、窓口業務に係る人件費が縮減されるなど、コスト面からの取り組みも行っています。
これからの公共サービスは、市民や地域・団体・企業との「協働」による官民連携が必要といわれています。「まどかフロア」は、全国でもほとんど事例がない、企業との官民連携・協働によるワンストップサービスを実現した先駆けの取り組みです。

市民満足度向上に向けての施策としても、つくば市と比較していいものは取り入れるべきものと議論になりました。

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日曜の朝は。今日は祇園祭です。

おはようございます。日曜の朝です。スマホを紛失してSNSなどのアップがスムースに進まない日々が続いております。

久しぶりに長文いきたいです。

行政が歪められた発言について ~続き~

行政が歪められた発言にどうしてもいろいろコメントしたくなりました。やはりおかしい。

有権者、市民の方々などの行政に対する意見は様々です。しかしながら、その意見をよく分析してみると大体は、有権者や市民の各々の要求です。つまり、「欲得ばかり」と言うとまた物議を醸すかもしれませんが、大衆の要求は、大体は我欲の塊です。ですから、それを全部実現するわけにはいかない。ですから行政は、その多くの要求や要望は、各論としての要求だということをまず認識して受け止めます。そして、それが本当に公平性や信頼性や建設的な意見なのか?精査するわけですね。そこには、行政で働く公務員の方々は、真剣に、そして多くの知見を結集して、行政判断を下していきます。

 

市長村長にしても、都道府県知事にしても、内閣総理大臣にしても、その行政のトップが責任者であることは、間違いないので、責任はすべてトップにあります。しかしながら、細かい各論については、各担当する行政部局で、精査していくわけです。私はつくば市議なので、つくば市の様子を詳らかにすれば、各、担当の職員さんは本当に優秀な方が多いと思っています。その行政マンとしての見識と経験の総力を結集して、日々の行政運営を担当していただいております。ですので、行政基準とは、もちろん今までの事例を含めて、彼らの叡智の結晶なので、誠に行政運営は事細かに隅々まで、常に公平性を担保されていると考えられます。

 

一方で、行政をチェックする機能は、議会にあります。首長も選挙で選ばれますが、議会の議員も選挙で選ばれます。そしてその議員はある一定の支持があって当選して議員になれるわけです。つまり、議員は各論の支持のもとに議員として成り立っています。ですので、議員は、その各論の意見を反映させるべき、一つの大義もあります。それが建設業界であったり、医療業界であったり、ボランティア団体であったり、地域性であったり、革新系であったり、保守系であったり、そのほか・・・・多数。よく利益誘導型の議員などと言いますが、ほとんどの議員は、利益誘導型なんですよね。そうじゃないという議員もいらっしゃるけど、・・・。

 

例えば、つくば市の陸上競技場を作ろうという時に、どこに建設するか?私は、旧桜村に住んでいますので、おそらく旧桜地区につくろうではないか?と主張するでしょう?ほかに、豊里地区や茎崎地区の議員だったら、その地元を優先する意見を主張することでしょう?それがなければ、議員としての大義(応援してもらっている以上は)を怠れば、次の選挙の時には支持がもらえないからですね。ごくごく当たり前のことです。

 

つまり議員は各論で成り立っている以上は、行政をチェックする機能はもちろん議員としての仕事でもあるわけですが、その各論の優先度を重視しながら行政に政治家としての意見を申し述べ主張する傾向は強い。そうなるのが自然の形であります。

 

議員の意向が強く働くと、それを受け止める行政の方は、議員の意見は各論ですので、欲得が強くなる分、当然に公平性が確保されるのか?を確認しながら、その意向をいわゆる「忖度」していきます。ここに行政マンとしての戦いが現実に生じていると思います。

 

議員側は、選挙での支持を盾に、意見を強く主張する。それに対峙する行政側は「それが真に公平性を担保するべき事案なのか?」を盾に、折衝をしていきます。もちろん議員の意見を受け入れられるものは、行政に反映しますし、あまりにも無謀なものは行政としても「できません」と対応するわけです。ここで、「あまりにも無謀なもの」という表現は、先ほど、言ったように、議員の意見の中には大衆の要求、我欲の塊のものも、多くあるからです。

 

一つの事例です。国民年金を未払いしている現実の問題があって、それをつくば市の一般会計で約5~8億円ほど、補てんしています。本来、国保は加入者がキチンと支払いをしていただくべきものなのですが、現実的には、未払い者が多く、それでは国保会計が破綻してしまうこと場合の最悪の事態を防ぐために、つくば市の一般会計から補てんしているわけです。ですので、この補てんについては、会計上はやってはいけないことです。これについて、国保の方には低所得者層が多くいるために、その弱者対策として、もっとつくば市の補てんしている金額を倍以上にするべきだ?!という意見を主張する議員の方がいます。本来やってはいけない会計処理をしており、その補てん額を倍以上とは、弱者対策としての意見は理解できるが?!あまりにも無謀な要求とも取れるわけですね。

 

いま、問題になっているつくば市の水道料金の事例も同じような話があります。やはりつくば市の水道会計の赤字を補てんするために、毎年約4億円の補てんをつくば市の一般会計から補てんおります。これに対して、やはり弱者対策として、この補てん額を7~8億円以上にするべきだとの意見を主張する議員さんがおります。そうすれば、水道料金を48%も値上げせずに済むはずだと主張されるわけですね。しかしながら、水道事業は公益事業です。あくまでも受益者負担が原則ですので、一般会計からの補てん金額を大幅に増額してしまっては、公益事業会計の原則を逸脱してしまいます。公共事業と公益事業の区別さえもわからなくなってしまうわけですね。ここで水道担当者としての行政職員の対応は、確かに弱者対策は理解できるがこの要望も「あまりにも無謀な意見」として、丁寧に説明して、議員さんに理解していただけるように努力して説明しております。

 

このように議員と行政担当者との間も、おそらく選挙で選ばれた首長さんと行政担当者との間にも、行政の公平性と選挙で選ばれた意見との、複雑怪奇で様々な事例で、表現したような「折衝」「忖度」「働きかけ」「交渉」がいくらでも日々行われているわけです。

 

しかいながら、やはり民主主義はやはり多数決の原理で、決めていかなければなりません。その民主主義は有権者の総意であることは、政治結果として間違いない事実なのです。この選挙で選ばれた首長さんや議員などの意見は、行政マンとしては、最終的には、優先しなければならないのが、民主主義の原理原則なのは間違いないのです。

 

昨年の市長選挙の時に、当選したのは五十嵐たつお市長が当選しました。五十嵐氏、大泉氏、飯岡氏の3つ巴の結果は、五十嵐市長が当選。この政治結果がすべてで、つくば市政も民主主義の原理に則って、行政運営がスタートしております。(大泉氏と飯岡氏との得票を足せば、五十嵐氏の得票を上回るので、厳密にいえば、五十嵐市長は、丁寧な行政運営をしなければならないということになりますが・・・)

 

 

ちょっと話を戻しますが、先の国会で参考人審議に出席した前川さんもおそらく優秀な人材なのでしょう。「行政が歪められた」ということも、一人の行政マンとしての自信の判断では忸怩たるものがあったのでしょう。実際にそうコメントしてますが・・・。

 

しかしながら、だからと言って、辞めてからベラベラと発言するべきことなのでしょうか?現職の時に自分が考えていた意見を上司に諫言することもできずに、マスコミの偏重報道にのり、民進党の政局に加担した行為は、許されざる者であると感じます。自ら官僚としての能力のなさを露呈していることに気づかないのか?まったくその真意はわかりません。

その理由も何も説得力がないのです。

 

あくまでも例えばの話です。例えば、昨年につくば市の総合運動公園の基本計画が白紙撤回になりましたね。その当時の市原健一市長のもとに進んだ行政計画でした。結果的には、議会が判断して予算案も否決して、政治結果としてすべて済んだ案件です。それを当時の行政担当者が退職した後に、のこのこ出てきて「あの時の市原健一市長の判断は、間違っていた。私はそれを行政が歪められたと思う」などと正義の味方面して、言うのでしょうか?たとえ話がいいのか?どうか?わかりませんが、・・・。そんなことはあり得ない話なのです。

 

第一このトンチンカンな前川などという卑怯者にも腹が立ちますが、前川さんを政治利用する方針を取った野党の政治家どもにも腹が立ちます。特に民進党ですね。蓮舫代表の二二重国籍問題の記者会見でさらに問題の深刻さが増したのではないでしょうか?

 

どちらにしても、私は、この卑怯な対応に怒り心頭です。

 

国政レベルでも地方レベルでも自民党の方針には、少しおかしい?と思うことはあります。しかしながら、他人を批判して、政権を取ろうという卑怯な方法で、政治の勝利を勝ち取ろうとする姿勢は許しがたいことです。

 

民進党の代表が蓮舫さんになってから、民進党さんは特に「他人に厳しく、自分に甘く」なりました。その言葉のシンボルになってしまっています。悲しいですね。

 

先日の行政視察の中で、いろいろな議論をしました。権利主張だけでは、世の中はよくなりません。義務先行をもっと啓蒙しなければならないと思います。社会が権利主張ばかりでは争いは絶えないし、建設的な議論は生まれません。義務先行を政治を携わる人間が率先して取るべきなのですね。(これは自戒も込めて、大いに反省しなければならないでしょう)

 

さて、本日は、地元の吉瀬の祇園祭です。浴びるほど飲もうかな!?

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帰宅しました。

本日、行政視察から帰宅しました。3日目のリポートは明日以降にアップするとして・・・。
行政視察のいいところは、やはり他の市町村の様々な事例を見れるところですね。行政視察を受け入れていただいた市町村の担当者は、本当に丁寧に説明をしてくれます。また、ご当地のPRも兼ねているので、様々なご配慮や気遣いをしてくれます。そんな全国津々浦々の地方自治体を歩くのはとても良いことだと思います。つくば市は先週も総務委員会と文教福祉委員会が行政視察。今週は、私の担当の市民経済委員会と明日帰ってくる都市建設委員会の行政視察です。このように、今の時期に、議会の定例会の合間を縫って、他の地方自治体の議員の行政視察は行われていると思います。ちょうどかすみがうら市の議員さんからも同じ佐賀市役所にきていたようで、FBでもコメントをいただきました。
視察の合間をぬって、移動中のバスの中や昼や夕食の時には、同行している議員同志いろいろな議論をしております。もちろん担当している委員会の内容もあれば、今後のつくば市の大きな課題や身近な情報、また選挙の情報交換なども活発に話し合っております。今回も4名の参加の議員でしたが、つくば市が抱える各々の課題や懸案の問題に対して、闊達な議論をする時間がありました。通常の定例会などで繰り広げられる議論とはちょっと違った側面も見え隠れするので・・・。まあ、かなり本音の意見も出るわけですね。あの時の賛成討論は○○すべきだったとか?あの議員さんの○○発言は、良かっただとか?ダメだったとか?いや、立場が変わればどうだ?こうだ?と・・・。
私どもは、選挙で選ばれた人間なので、ある一定の支持層の代弁者でもあるわけだから、しっかりと自分の主義主張を訴えなければならない。もちろん時にはプライドもあるし、妥協もあるし、政治判断や政治行動は様々だ。今回のような行政視察で3日間を同行して初めて、あ、この議員さんの考え方は実はこうだったのか?あの時のあの議員さんの行動のわけありな理由があったのか?など、通常の議会の議論で繰り広げられる裏側の背景を知ることができる。議員間同士のコミュニケーションを知る上でも、行政視察とはそんな裏側を知ることもできる。とても有意義な時間だ。結局、この裏側の議論も、表側の議論も、かなり伯仲するのだが・・・。今回もそんな場面がいっぱいありました。

とりあえず、行政視察も終わり、今週末の地元の夏祭りが入ります。8月になれば、茨城県知事選挙に突入しますね。いろんな意味で、まだまだ暑い日が続きそうです。

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